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福岡高等裁判所宮崎支部 昭和30年(う)370号 判決

控訴人 被告人 田畑憲一 外二名

検察官 大坂盛夫

主文

本件各控訴を棄却する。

当審の訴訟費用中国選弁護人砂山博に支給した分は被告人田畑憲一の、国選弁護人小八重直三郎に支給した分は被告人保村文彦、同福田一夫の連帯負担とする。

理由

被告人田畑憲一の弁護人砂山博の控訴趣意は同弁護人と同被告人が各提出した控訴趣意書に記載したとおりで、被告人保村文彦、同福田一夫の弁護人小八重直三郎の控訴趣意は同弁護人名義、右被告人両名連名名義の控訴趣意書に記載したとおりであるから引用する。

砂山弁護人の各控訴趣意(田畑被告人作成名義の控訴趣意を含む)について、

原判決が証拠として引用している証人鮫島重治、林義成、水間遠吉、瀬木重摩の各証言を綜合すると琉球政府治下における大島中央病院の患者からの徴収金は、同政府の歳入金として納入することを要し、被告人等においてこれを歳出金として自由に支出流用する権限はなかつたことが認められる。尤も行政担当官の責任においていわゆる「目」以下の金員の流用が許されていたことは認められるけれどもそれは既に歳出金として支出を許された予算の範囲内における操作にすぎず従つて患者からの徴収金のように歳入金として納入しなければならぬ。被告人等において自由に処分、流用することの許されない金員を擅に旅費、接待費等として流用費消したことはその目的が公用であると私用であるとを問わず違法であり、このことを知り乍ら敢てこれを為した以上被告人等に領得の意思ないし違法の認識がないということはできない。なお奄美大島の日本本土復帰直前の事情が所論のとおりであつたとしても被告人田畑の日本本土旅行或は琉球政府職員の歡送迎会、病院職員の忘年会等を「徴収金」を支出充当してまでしなければならなかつた事情にあるとは到底認められないところであるから所論の期待可能性がない旨の理論も本件の場合適切ではない。また被告人三名の共謀についての認識は原判決に示した証拠により容易に認められる。また被告人田畑名義の趣意書末段の奄美大島が原判示犯罪時外国であつたことを前提とする論旨については後段爾余の被告人の同論旨に関する説示を引用する。原判決には所論の点について事実の誤認も法令適用の誤もないから、論旨は採用することはできない。

被告人保村文彦、同福田一夫連名作成名義の趣意書の論旨について。

第一、一、二、三の各論旨については前段説明のとおりであるから引用する。四については所論のように琉球政府において徴収金を自由に支出として流用することを許容していた旨の論旨に添う証拠は記録上見当らない。

第二、論旨が明でないため判断しない。

第三、前説示を引用する。

第四、しかしながら奄美大島、沖繩等の南西諸島が終戦前において日本国の領土であつたことはいうまでもなくその後連合国軍の占領下にあつた当時においてわが国の政治上又は行政上の権力の行使が右地域において停止せられていたとしてもポツタム宣言、降伏文書によるもわが国がこれらの地域に対する領土権を喪失したことを認めしむる根拠はなくその後「日本国との平和条約」の成立により連合国軍の占領は終了したけれども同条約第二条第三条によつてもわが国が同地域に対する領土権を直に放棄したものとは認められないし同条約第三条の合衆国を唯一の施政権者とする信託統治制度の下におくこととする国際連合に対する合衆国の提案もなくわが国において同地域に対する領土権を喪失ないし放棄した事実の認められない原判示犯罪当時においては同地は依然として日本国の領土であつたものといわなければならない。従つて原判示犯罪当時奄美大島が外国であつたことを前提とする所論はその前提において誤があるから爾余の論旨についての判断を為すまでもなく理由がない。

小八重弁護人の論旨第一について。

被告人等の本件所為が「日本国との平和条約」の発効後で昭和二八年一二月二五日奄美大島がわが国に復帰する前のことであり且つ当時被告人等が奄美大島に居住していたものであること及び同期間中合衆国は同諸島の領域及び住民に対して行政、立法及び司法上の権力の全部及び一部を行使する権利を有していたものであることはいずれも所論のとおりである。しかしながらわが国が同地域に対して領土権を喪失ないし放棄したものでないことは前説明のとおりであり本来領土権はその領土内において、司法、行政、立法上の諸権利を行使する権限を有することは当然であつて特別の事情がない限りその行使を制限せられる理由はないのである。従つて「日本国との平和条約」第三条による合衆国の行政立法司法上の権利の行使は同地域に対する日本国法の前記領土権の行使を制限していたに過ぎずその間潜在的には日本国法は同地域においてもその効力を保有していたものといわなければならない。従つて同地域に対する合衆国の行政立法司法上の諸権利が失効し同地域においてこれを適用することができない以上潜在していた日本国法はその効力を発現し当時日本人であつた在住民の行為に適用せられるものといわなければならない。所論の条約第三三号第六条の規定は琉球政府下の裁判所による確定判決の執行と繋属事件に対する引継手続上のことを規定したに止まり日本国法の遡及効を認めたものとは解せられないので本件との関連においては適切ではない。従つて原判決が被告人等の原判示の所為に対して各摘示の刑法の規定を適用処断したことは相当であり原判決には所論のような法律の解釈適用を誤つた違法はないから、論旨は理由がない。

同第二について。

しかしながら被告人等の不正領得の犯意は徴収金はこれを納入金として処理すべきであり被告人等において擅にこれを他の目的のために流用処分する権限を有しないことを認識しながら敢てこれを流用支出した事実があれば足ると解せられ原判決に示した証拠により被告人等において前同認識の存したことは認め得られるから被告人等に原判示犯罪当時不正領得の犯意がなかつたとの所論は当らない。

論旨はいずれも理由がないから、刑事訴訟法第三九六条により本件控訴を棄却し同法第一八一条第一項本文により当審の訴訟費用は主文第二項のとおり被告人等に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下辰夫 裁判官 二見虎雄 裁判官 後藤寛治)

弁護人砂山博の控訴趣意(被告人田畑憲一関係)

原判決は事実誤認の違法がある。1.即ち、被告田畑が日本本土に旅行に要した金二万円は被告人個人の旅行でなく病院長としての公的なものであつて私的でなく当然当時の政府が負担すべき性質のものであるのに個人が横領したものと認定することは不当である。時の政府に渡航の許可を得たかどうかによるのでなくその目的が公的のものでその必要性から見るべきである。2.職員の歡送迎会費、忘年会費等に支出された時期につき判旨によれば昭和廿八年八月以降十二月迄五回に亘るとあつていつから、いつ迄のものか確定されてない欠点がある。大島復帰は昭和廿八年十二月一日と思料するので右宴会費等は十二月のいつ迄に使われたものか不明である。3.かかる宴会費は性質上公的なもので私的なものでないから仮りに被告人等がそれを業務上保管の金から支出したとしても冒頭判示に認められているように被告人は歳出歳入の認証権限に基いて支出したので違法性を欠ぐ。4.患者より徴収した金員は政府の歳入金として納入すべく自由に歳出金として使用することはできない建前とあるがその法的根拠は契約で然るのか、或は政府の法規命令ありというのか不明である。被告人は病院に関する予算の範囲内において支出することを認証する職権をもつものであるから徴収金を支出したとしてもそれは刑法犯ではなく職務上の違反であるに過ぎない。原判決は事実の誤認を蔵する。5.流用支出、充当した被告人の行為は普通人の流用ならば有罪又は領得意思の充実があるかもしれないが、本件田畑の行為は其の与えられた権限内の行為であるから刑法上法令に因り為したる行為であつて違法の意識を欠くものである。6.原判決が冒頭において認定している各種の事情下において為された被告人の行為は所謂期待可能性の理論により責任なき場合と云わねばならぬ。7.原判決は被告人三名が共謀しとあるも田畑は他の被告人の為したることを後日認承したにすぎないから共謀ではない。要するに原判決は罪とならざる事実を有罪とあやまりたる違法があるので破棄されて無罪の判決あらんことを願います。

被告人田畑憲一の控訴趣意

一、犯意は全然ありません。軍及び琉球政府の指示に依り開放性病院としての機構改革が行われましたが予算配分は非常に少く尚予算の令達が非常に遅延する為病院の運営は困難であり琉球政府としても予算の流用は認めて居りました。ダレス声明以降は尚更の事予算の削減、令達の遅延甚だしく全くの途切れ予算であり勿論もとより交際費用とて全然なく運営の困難さは一入でした。愈々復帰濃厚となるや職員の身分的関係等今にしてこそ「でま」として解されますがその当時本土の資格を有せざるものは免職になる等の噂にて職員の心的動揺は大きく復帰近しの報伝わるや他の解庁長も次々と本土に折衝に向いました。私も院長として琉球政府に部下職員をして口頭にて本土旅行の許可伺いの結果後で正式文書を出せば良いとの事で緊急止むを得ず歳入金を一時立替えて職員の身分的関係等折衝の為上鹿致しました。帰院後も事務長より何の報告なかつたので既に琉球政府より了解ありたるものと考えて居り尚琉球政府への引継ぎの時は私は病気の為立合つて居りませんが事務長の話しで全て解決済みであるとの事で私としては何の犯意も毛頭ありません。

一、第一審判決(単純横領懲役六ケ月執行猶予一年)には不服であります。日本人の外国での犯罪中単純横領は刑法三条には含れない。

弁護人小八重直三郎の控訴趣意(被告人保村文彦、福田一夫関係)

被告人両名に対し原裁判所が言渡した本件判決は法律違反と事実誤認があつて孰れも判決に影響を及ぼすもので当然破棄を免れないものである。即ち、

第一、(法律違反の点)原判決が認めた事実に依れば、本件は日本国との平和条約に依りアメリカ合衆国が行政、立法及司法上の権力を行使していて我国のそれ等の権力は行使されていなかつた領域内で其の住民たる被告人等の行為であるから之に対しては我国の刑罰法規は適用されていなかつたことは自明の事実である。被告人等奄美群島住民は昭和二十八年十二月二十五日右群島の復帰に依り始めて我国権の支配を受ける様になつたのであるから特別の規定のない限り我国の刑罰法規の適用されていなかつた時に遡及して該法規の適用をなすことは出来ないのである。唯々既に琉球政府下の裁判所に繋属している事件に付ては条約第三十三号の特別の規定があるので之等に対しては我国の法律を行為の時に遡及して処断することが出来るけれども本件の如き未だ琉球政府下の裁判所に繋属していなかつた事案に付いては我国の司法権は遡及しないのであるから被告人等に対しては刑事訴訟法第三百三十八条第一号に依り公訴を棄却すべきである。

第二、(事実誤認の点)原判決認定の被告人等の所為に付ては其の犯意の点を除けば右認定の通りであるが原判決が被告等の犯意を肯定したのは事実の誤認である。被告人等が本件の行為を敢てなさねばならない様になつた事情は原判決の認めた通りの事実であるが当時本件の如き措置を取るのは琉球政府下にあつた被告人等勤務の中央病院は固より奄美地方庁其の他同地方出先機関に於ては当然の措置として一般に認められていたので(原審証人鮫島重治、同林義成、同水間遠吉の各供述を綜合して認められる)斯る事情の下に被告人等の上司たる右病院長田畑憲一(相被告人)の指令があり而もそれは右田畑並に被告人等の私利を図るものではなく全く右病院の維持経営又は職員の福祉の為めで一点の私心がなかつたのであるから被告人等としては当然の措置であると考えて本件の行為に出でたので当時の状況から推して無理のないことで殊に被告人福田は其の直接の上司である被告人保村から命ぜられたのであるから(原審公判に於ける被告人保村の供述)更に堅く其の様に思ひ込んでいたのであると認定さるるのである。尚被告人福田が本件支出を記録し(証第七号)同保村が時々之を閲覧して後日の整理に備えていた事実は(両被告人等の供述調書により明かな事実)右認定を裏付ける証拠となすことが出来る。右の通り被告人両名は右病院の歳入金の不正領得の意思がなかつたのであるから所謂罪を犯す意なき行為として罰し得ないものとして当然無罪であらねばならぬ。仮に之を以て法律を知らないものとするならば被告人等の所為は前述の事情の下に為されたのであるから其の情状は刑法第三十八条第三項但書を適用して其の刑を減軽するに値するものと思料する。

仍て貴裁判所に於ては原判決を破棄して公訴棄却の御判決あるべく、若し裁判権ありとせば無罪の御判決を、不幸にして有罪と御認定の場合は前示法条を適用して原判決より軽き刑に最短期の執行猶予の御判決を御言渡し下さる様切望するものである。

被告人保村文彦、福田一夫の控訴趣意

第一、第一審判決は左のとおり事実の誤認がある。

一、院長田畑憲一の日本本土出張は公務出張であつたのを私用と認定していることは事実に反する。

理由 当時日本復帰を控えて各官公署とも日本本土の主管官公署に対し、如何に日本に有利に引継いで貰えるかということに大童になつていたときであつたが、米国軍政府は公用(公用出張は米軍政府の費用負担となつていた)による日本本土旅行は一斎認めなかつたので、当時は引継ぎ関係等の公用であつても名目上は私用として渡航したのであり、病院の場合も日本への引継ぎに際し、無資格看護婦や琉球政府免許の技師、看護婦等日本の法規上そのまま引継ぎできないものもあり、これ等身分の引継ぎと荒廃した病院の復興と優秀な医師の導入等は内外から強く要望されていたのであり、これについて是非事前に取決めておくべき必要に迫られていたので病院長は全病院職員の切実なる願望と復帰対策委員会の厚生衛生委員会等からの要望により渡航したのであつて、名目上私用としたのは前述の如く米国軍政下においては公用として認められなかつたからであり、これは一人病院長のみの問題ではないのであるが、証人瀬木重摩一人が私用と証言しているのは瀬木は被告人等に対し個人的悪感情を抱いていると推察される十分な理由がある。即ち証人が第一審公判廷で証言したとおり、田畑病院長から「辞めろ」といわれたこと、及び自分が事務長となるべきだと思い込んでいたのに保村が事務長として赴任したことについて不満をもつており、公判廷における瀬木の悪意に満ちた証言は本事件を密告したのも瀬木であると疑われるに十分であり、瀬木の証言のみで判定していることは重大な事実の誤認である。これに対する疏明事項は後日提出します。

二、琉球政府職員の歡送迎宴会は病院のためであるのに、個人の宴会費として認定しているのは事実に反する。

理由 病院の雑費は証第七号備忘録に記載されているとおり慣例として従前より継続しているものであり、雑費には不要品の売却代その他雑収入をも入れており予算の令達が渋滞するか又はなかつた場合に立替支出したり、或は病院施設の修理代その他に支出充当して病院の用に供しているのに拘らず殊更に接待費のみに支払したが如き認定をしているのは誤りである。当時の大島中央病院は全国の公立病院と同様、琉球列島米国民政府布令第三四号(一九五一、一、一九)病院、診療所に関する法により昭和二十九年一月一日より開放病院であり、開放病院は病院側に運営の主体性があるのではなく、開業医のサービス機関であり(病院の医師は開業医の依託がなければ入院患者といえども診療することは通常の場合できない)患者の診療及び病院施設の利用(薬品の提供とも)による開業医の診療報酬の取立てが主任務であり、歳入を全然度外視した運営方針を米軍より指令されており、米国軍政府の沖繩重点主義により大島は放任され施設設備の不備な点より利用価値なく、従つて歳出予算は病院の費用を充たすに足らず、経営は雑費的運営でありその歳入徴収及び支出の認証は病院長の裁量に委されていたことであり、琉球政府下における開放病院の運営は日本本土の病院運営とは全然その趣を異にしており、特にダレス声明後予算令達の都度米国軍政府の認可を要するという窮屈なものであり、住民奉仕の出発機関である病院運営の困難な実情を琉球政府の当事者に理解して貰うことと医療機関である病院が医療法上の義務を果す為には窮屈困難の中にも斯くして予算を獲得する以外他に方法のない已むを得ない行為であり、これによつて開放病院として医療法上の義務を果し病院が円滑に日本に引継がれたものであり、明らかに病院のためである。これを個人の交際費と認定することは重大なる事実に対する誤認であり、われわれに横領の意思もなければ且つ横領の事実もない。犯意なき行為を罰することは刑法第三十八条の規定に反するものである。

三、判決理由に………三名共謀の上納入金より雑費として支出せんことを決意し………云々とあるは事実に反する。

理由 1.琉球政府下における病院は琉球政府行政事務部局設置法(一九五二、四、一)の第十六条により「大島中央病院は社会局の附属機関であり、その機関長である病院長は病院の事務を統轄し、職員を指揮監督し、法令がその権限に属させた事務を行う」と規定されており、歳入についても貧困で料金を支弁することのできない者等についてはこれを減免する権限を有している程であり、殊にダレス声明以後は病院の運営については放任の状態となり、専ら病院長の裁量に委されていたことは第一審公判廷において当時の琉球政府社会局の支出負担行為担当官の水間遠吉の証言にても明らかであり、検事証人鮫島重治の本件に対する検事の質問に対し黙否した点からも推察できることであり、慣習として病院長に委されていた処置を病院長が病院長の責任において為した行為に外ならないのであり、2.保村と福田とは琉球政府より病院勤務として辞令を受けて赴任し、病院長命によりそれぞれ事務長と経理主任としての業務分掌に順じて勤務していたものであり特に福田は事務分掌により病院長に与えられた権限の中の金員の保管出納に任じていたものであり、出納員や村における収入役のように法令の規定による職務権限を有しているものでなく、総べて病院長の命により職務を執行していたものであつて毛頭、自分がこれを着服しよう等と考えたものでなく、福田において明瞭に記録、保管していたものである。故に、少くとも私と福田に横領の意思のないことが証明できる。3.又、琉球政府下の特殊性がないにせよ、病院長が病院のために支出した又は支出せしめたものはその使途を費目外の費用に当てた場合、行政上の責任であり、刑事上の責任とはなし得ないことは、大審院判例大正三年六月二十七日判決録第二〇輯第一三五二号によつて明らかである。即ち村長が村の公金を収入役より受領し保管中、村のためにする意思をもつて指定外の村の費目に流用した事実に対し判例は領得の意思がないとして無罪としている。

四、琉球政府に納入すべき金員中より雑費として支出充当し、云々とあるが、奄美大島の日本復帰という特殊事態に対する認証の欠如であり、事実の誤認である。

理由 琉球政府には会計法も財政法もない(米国軍政府工作の関係で制定しない)ので予算は一九五四年度(自昭和二十八年七月一日至昭和二十九年六月三十日)予算暫定執行要領という文書によつて執行され、これに歳出歳入関係も規定されているが奄美大島が日本復帰に伴い主として支出負担義務のあるものの支払に来島した琉球政府の引継ぎ官に対して同政府よりの電報指示は「十二月二十五日午前零時現在の現金を引継ぎ持参せよ」とあり、これは奄美大島の一九五四年度予算に対する収支精算を意味するものであり、これをもつて一応引継ぎを了したものであつて、琉球政府としては病院の雑費支出分を歳入として受入れる意思がないばかりでなく、奄美地方庁において米国軍政府の区切予算令達の指令の結果、支出の渋滞していた支払に対して証拠書類もなしに現金支払をした程で、琉球政府の親心による非常措置をなしたのであるのに、第一審判決がこれを歳入として納入すべきであつたという一方的認定は事実の重大な誤認である。

第二、刑事訴訟法第三百八十二条の二による第一審の弁論終結前に取調を請求することのできなかつた証拠によつて証明することのできる事項

右の証明資料は後日提出します。

第三、刑事訴訟法第四〇三条、原裁判所が不当に公訴棄却の決定をしなかつたときは決定で公訴を棄却する条項によつて控訴裁判所は原判決を棄却すべきである。

理由 刑事訴訟法第三百三十九条第一項第二号″起訴状に記載された事実が真実であつても何等罪となるべき事実を包含しないときに該当する″即ち二万六千六百八十五円(B号軍票券表示額)を田畑病院長の旅費及び琉球政府出張職員の接待費に歳入金を立替え支払いしたことは事実に相違ないが、これは琉球政府下における病院に附与されていた権限により、私共は病院長の命令によつてなした行為であり、たとえ、その命令服従が権限形式に違反した行為であつても、これは刑法の問題でなく、行政法の領域に属するものであり、私共は業務上横領の意志もなく且つその事実もない。

第四、刑事訴訟法第三百三十八条により判決で公訴棄却すべきである。

理由 被告人に対し裁判権を有しない。1.本件は外国における行為に該当し、刑法第三条の適用は法の濫用である。即ち行為当時、奄美大島は米国軍政府下であつて琉球列島米国民政府布令第六八号(一九五二、二、二九)琉球政府章典第三条の琉球住民であり、当時日本の国家主権の範囲外であつたもので日本国民ではなく外国人である。2.刑法第三条を適用して日本国民を罰することは行為当時外国人であつたのが後日、日本国民となつたときの場合を指しているものではないと信ずる。それは琉球政府当時業務横領により服役中のものに対して刑を免除してある事例によつても明らかである。3.一歩を譲つて後日、日本国民になつてから日本国民でなかつた当時の行為を裁判し得ることを容認するとしても、日本又は日本国民の法益を侵害した行為でもなく、又法益の国際的信義を侵害するものでもない。

第五、結 控訴趣意としては叙上のとおりであるが、大島中央病院が引継いで琉球政府の下におかれていたならば、この歳入を歳出に立替え支出したことは後日歳出予算の令達を受けてから彼此整理すべき筈であり(私達には着服横領の意思がなかつたこと前述のとおりである)また、私用と認定せられた院長の鹿児島出張も若し、琉球政府よりの予算令達がないときは院長田畑の私財からその返済をなす筈であつたし、更に接待費の支払つた分にしても、琉球政府より予算を流して貰うのが従来の慣例からして殆んど間違いないものであるが、万一認められなかつたとすれば病院職員全員から拠出して歳入金の受入れに支障を来たさないよう処理すべき筈のものが、結局整理せざるままにおかれてあつたのは、当時琉球政府が現金だけを引継いだため右のような措置が不能となつたのであり、このようなことは病院のみならず他官署にも未解決のままのものがあるのは事実である。これをもつて犯罪となすことは、国家は余りにも強いて罪人を作るものというべきで私はこの行為が仮令厳罰を受けることありと雖も、自己の良心に寸毫とがむべきものなく、天地神明に恥ぢないものであります。

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